2013年11月25日月曜日

双頭の船を読みました。

双頭の船 (池澤夏樹、2013.2発行)を読みました。

このところ、読書記録として感想を書こうと思いながら、ついさぼっていましたので、久しぶりの投稿です。

マンションの上階の住人が本州に熊を返すのに付き合うことになった千鶴の話から始まり、決断が必要なところでは考えがフリーズしてしまいがちな優柔不断な主人公の海津知洋が、流されるままに、放置自転車を修理して被災地に配る双頭の小型フェリーのボランティア船で修理工として参加。やがて、その船はいろいろな役割を果たすようになり、人も増え、ひとつの町のようになっていく。

震災により失った物事や人に対する、忘れてはいけないという気持ちと、乗り越えていこうとする思いなども絡めた作品です。

船上に仮設住宅ができ、人が集まることで町のようになり、生活の場ができて行く様子は、復興のひとつの形のようでいて、あくまでも仮の浮いた根の張らない状態で、現状の復興がうまく進まない状態ともつながるような感じがしました。

私もエレベータが使えなかったり、計画停電の影響や、1週間ほどはガソリン不足で車に乗れなかったり、スーパーで帰るものが限られたりといった不便は合ったものの、身近で大きな被害にあった人もなく、現地で被害を受けた人の気持ちは想像するだけで、実際のところはわからず、どういったらいいのかもわかりません。

無責任で他人事のようになってしまうけど、すこしでも多くの人が、より幸せにいきていければと願います。

2013年7月16日火曜日

静かな爆弾を読みました。

静かな爆弾 (吉田修一 著、2008.2発行)を読みました。

何か小説を読もうと思って図書館で手にとったのがこの本。特に吉田修一の作品に決めていたわけではなかったのだけど、2ヶ月ほど前にも、この作家の本を読んでいました。

サブの仕事でもあるタリバンの大仏爆破のようなドキュメンタリー番組作りのためのインタビューや情報収集に忙しい主人公が、公園で出会った耳の不自由な響子と付き合う過程や、仕事のなかでなんとなく感じる見えている世界の違いのような、なんか引っかかるような思いが感じられる作品でした。

言葉が通じないことにより起きるふとした思いがけない状況や、言葉にしてしまうところを飲み込むことで生じる微妙な距離感というか空白感。武装国家?が、なぜ世界的な遺産を爆発することになってしまったかなどもからめて、いろいろと、判らないことや漠然とした不安感を感じながら、そんなひどいことにならないと根拠なく思ってしまいながら、すれ違いや、思わぬことになってしまう様子。
相手を傷つけないように注意している言葉が、結局その気遣いを含めた状況が傷をつけてしまう場合など、人それぞれ状況によって考えや物事の受け取り方が異なるのに、つい同じように思ったり勝手にこうではないかと推測してしまっていて、それが正しいとは限らないのに正しいと思ってしまうような、だれも悪くはないのだけど、結果として、なんか気まずくなることがあったりする、人間関係にある微妙な距離感を改めて考えました。

   

2013年7月14日日曜日

アート・ヒステリーを読みました。

アート・ヒステリー ---なんでもかんでもアートな国・ニッポン (大野左紀子 著、2012.9発行)を読みました。

先日読んだ、アーティスト症候群―アートと職人、クリエイターと芸能人 の著者の最近(といっても1年くらい前)の著作。前作が歯に衣を着せぬ容赦なさが爽快だったので、読んでみることにしました。

アートっていうとなんか自由で個性的でカッコイイみたいなイメージで、さまざまなものがアート呼ばれたり自称している一方で、アートって良くわからないという声も多い。
そのような声に、アートの見方を解説するのではなく、少し距離を置いて、アートの成立や市場、社会との関係を含めたアートが置かれている状況、日本でのアート教育の変遷と現状など、アートを取り巻く環境や社会的位置、教育も含めた認知状況などが書かれています。

語り口は平易でありながら、前作と同様批判するところは厳しく批判していますが、本作は前回より構成がしっかりした評論本の趣。

アートは自由にみて好きなように感じればいいなどと言われたりするけど、背景や歴史を踏まえて、自分の中あるいは社会の中にある価値観を揺さぶるものなので、背景に関する知識の有無はアートを楽しむのに必要だし、自由に見るという見方も歴史的背景を踏まえて今日隆盛しているのだと思いました。
アートも民主主義や資本主義、商業主義から逃れて存在するものではない状況は、個性重視といいながら、個性そのものも我侭と差異がなくなってきたりする現在の社会的状況に通じるものがあるのかなど、アートと個性、自由、といったことを考えました。

   

2013年7月6日土曜日

統計学が最強の学問である を読みました。

統計学が最強の学問である (西内 啓 著、2013.1発行)を読みました。

統計学が巷で話題な中、一般向け統計学の本ということで書店でも平積みされて良くみかけるので、どんなものかよんでみることにしました。

タイトルからして、なかなか強気な本です。
計測値などの観測結果を処理し、その意味や傾向を分析し、さらには意図することを実現するにはどのようにするのが効果的かということを統計的に導くことで、数少ない経験や勘に頼るよりも、良い結論を導く確率は高まり、説得力も持つというのが、統計学の実際に強力な面。
ITや計算機技術の発展により、これまで以上に大規模なデータをすばやく処理できるようになり、ビッグデータの活用といった話を良く聞くようになっている今、統計学は非常に重要であるのは確かなような気もします。

ただ、本書でも述べられていますが、大量のデータから特徴を抽出したりしても、そこから目的を果たすためにどうすればよいかが最終的に重要で、必ずしもビッグデータである必要もないし、サンプリングの条件や変数の間の相関などを注意しなくては、誤った結論を導きだしてしまうこともある。
だからこそ、計測値やそれらから導かれる推定値の精度、さまざまな制約下でより良い結論をより早く導く統計学の正しい理解が重要。

データ分析に必要となる統計的内容は一通り書かれ、サンプルのランダム化や変数の独立性が十分でないと、得られた数値から誤った結論を導くことになってしまう場合についても説明されていて、結果はその取得のしかたや精度について、慎重に読み解く必要があることも含めて、統計でこんなことができるのかとか、このような分析をするのかといったことがわかる本だと思います。

一般向けの本なので、統計学のエッセンスについても、極力イメージがつかめるように書かれています。それでも、理系大学を出ていたり、文系分野でも統計を一度は学んだりしたことがなければ、理解は少し難しいのではないかと思いました。

実際に統計分析をしたいと思えば、いまではツールもいろいろ出ていて、データを入れれば何かしら答えが出てしまい、新たな知見を得た気がしてしまいがちなことが多いと思います。
統計的にデータを分析するときの制約からくる注意点について、もっと例を増やしたり冗長になっても説明を繰り返してあれば、さらに良かったように思いました。

                

2013年7月5日金曜日

アーティスト症候群

アーティスト症候群―アートと職人、クリエイターと芸能人 (大野左紀子、2008.2発行)を読みました。
巷に自称アーティストが溢れている状況に対し、以前は自分も(美術作品を作る人としての)アーティストであった著者が、アーティストという言葉をこうも聴くようになった背景や、なぜアーティストと名乗るのか、そう名乗っているのはどういう人かについて書かれています。

もう、5年以上前の本で、多くの人がアーティストって響きに憧れ流行っていたころほど、アーティスト=なんか箔があってかっこいいイメージ、とは言い切れなくなってしまっているものの、本書のなかでも触れられているクリエイターという言葉など、多少形を変えながらも、自由に好きなことをしながらも一目置かれるような雰囲気を持つ用語を、多くの人が便利に使い、さまざまな横文字職業が増えている今の様子は、自分を差別化し認められようとアーティストが多用されるようになったのと変わらないように思います。

他から認められたい、他とは違って格好いいとか、偉いとかって思われたいけど、そうそう他より抜き出るのは難しく、アーティストといってしまえば、よくわからないけど凄そう、みたいな感じになる、そんな状況を的確にとらえ、背景を分析しています。
また、芸能人のアーティストに対しても容赦なく、そこまでいっていいの?という感じの皮肉まじりの論評がされています。

アーティストおよびアートという言葉が使われている様子についての、芸術家でもあった著者自身の考えからの論評ともいえますが、著者自身のアーティストになるまでやなってから、予備校講師のときの体験、そしてアーティストをやめた理由もかかれ、美術大学を目指す学生の様子や予備校業界の裏話的要素もあり、楽しく読めました。

        

2013年5月18日土曜日

ラダーシリーズ、The Mark Zuckerberg Storyを読みました。

久しぶりに図書館に行って、英語のリーダーでも読もうと思い、ザッカーバーグ・ストーリー (ラダーシリーズ)を借りてきました。

英語学習者向けに、使用単語数でレベル分けされたシリーズ。
この本はレベル5の使用語数制限なしとなっているので、 読むのに少し気合がいるかと思いましたが、意外と読みやすく、一気に読むことが出来ました。

語数に制限はなくても、平易な文章で書かれているので、子供向けの本よりも判りやすく、英語多読には向いていると思います。
私には、同じLevelだとこのようなノンフィクションのほうが、小説よりも読みやすく感じます。

中身はというと、もうすでに流行の段階を過ぎて普通に使われるツールのひとつになっているともいえるFacebookを創ったザッカーバーグのお話。 子供のころからプログラミングに親しみ、学生時代からSNSを開発、友人たちと開発しながら、インフラとして大勢に使われることを目指し拡大していく過程が描かれています。 若くして大きな影響力を持つ人が生まれてくる、インターネット時代の申し子のような、ザッカーバーグの現在にいたる様子を興味深く読むことができました。

2013年5月13日月曜日

久々の投稿です。

ときどき、思い出したように書いてはそれっきりになってしまいがちですが、引き続き読書記録ということで、

吉田修一 著 ひなた (光文社文庫) を読みました。

大手ファッションメーカーに勤め始めた元ヤンキーの新堂レイと、その彼氏の大路尚純と兄夫婦、それぞれの視点から書かれた、春から冬の出来事。
明るく幸せそうな家族が、結構複雑な事情を抱えていることが後半に明らかになるなど、多少の展開はあるものの、全体的に淡淡と描かれています。

複雑な事情の中、人には見せない意地やプライドなどを生きていくうえでの支えとする様子、仕事に充実しながらも忙殺されると、何のために働いているのかと思ったり、逆に主婦としての幸せな時間をすごせるのは愛し合っているからなら、愛され続けなくてはいけないのかと思ったりする様子などが印象に残りました。
生きることや働くことなど、幸せは他人とのかかわりで生まれるものの、それに疲れもする誰もが持つであろう悩みが、特に解決するでもなく、漠然としたまま残る感じ。

それでも、読みやすく、どこか淡白で微妙な距離感の人間関係が織り成す現代的な雰囲気を感じる作品です。

2013年2月11日月曜日

引き続き英語の学習など

1年ほど投稿していませんでしたので、久々の投稿です。また、ときどき投稿しようと思います。

数年前から英語学習に力を入れようと英語多読をやってみたりしてはいたものの、すこし間があいたりペースも落ちてしまっています。
しかし、今でも、ときどき思い出したように英単語や文法の本、英語の読み物などを購入したり、以前使っていたものを読み返したりしていますので、期間があいてしまうこともありますが、読んだ本の感想などを文章の練習を兼ねてたまには投稿していこうと思います。

ということで、今回は、英文法の本として評価が高いというか、Amazonのランクなどて常に上位にある、総合英語Forest 6th edition
一通り読んだというか目を通しましたので、その感想です。

対象としては受験生用なのか、書店によっては、一般の英語コーナーには置かれておらず、高校生向けというか大学受験英語のところに山積みになっていました。
このところ、英語の読み物か単語の本を使うことは多かったのですが、改めて文法を確認するのもよいかと思い購入しました。

文法書なので、読み物のようにすらすら読むというわけにはなかなかいかなかったものの、基本的には頭から順番に一通り目を通しました。

全部で24章に分かれて文法項目を解説していますが、それぞれの章でPart1として、英語で表現する場合の決まりについて、概要を考え方がイメージできるように図解などを用いて説明し、Part2やPart3でより具体的な例文を用いた規則の説明をしています。

文法はどうしても規則の集まりだし、さらに例外も多く個別に覚える必要のあるものも多数あるため混乱しやすいのですが、それぞれの項目ごとに、繰り返して説明されるところもあって、理解しやすいような工夫がされていると感じました。

私が学生のころの文法書というと、せいぜい赤と黒の2色刷りに太字やイタリックが入る程度で、どのページを開いても同じような感じで文字がならんでいて、いかにも面白くない印象だったように思いますが、こちらの文法書は、イラストもあり、囲み記事があったり、構成にメリハリがあって、わかりやすいように思いました。

ところどころ、そういう考え方でとらえるのかと思うところや、不確かな部分を再確認できてなかなか良い本だと思います。

とはいえ、章の内容ごとにはそれなりに理解でき、確認問題も解けるものの、他のときに実際に使おうと思うと単純な文章でもなかなか正確にできず、文法書を読んだからといって、英語力が伸びた実感がもてたかというと、よくわからないというか、一進一退といったところです。

例文を覚えてしまうくらい繰り返して読めばかなり身につくのではないかと思いますが、なかなか、出来ないものです。

とはいえ、他の文法書と比較したわけではないのですが、受験生に限らず英語を身につけようと思っている人や、ある程度英語が出来る人にとっても文法を確認するのによい本だと思います。




2012年2月20日月曜日

松井冬子展をみてきました。

ずっと、展覧会などの感想も書いていなかったので、久しぶりに記録しておこうかと・・・

横浜美術館で、2012/3/18まで開催されている、「松井 冬子 展 世界中の子と友達になれる」を見てきました。

何年か前、今回の展覧会のサブタイトルにもなっている「世界中の子と友達になれる」という作品をみて、印象に残っていて、その後、ときどき見聞きするようになった日本画家なので、見に行ってきました。

精神的な世界を表現しようとしているのはわかるものの、 全体的に不気味な感じのするものが多いです。

ルドンやムンクなど比較的不気味な感じの作品は好きなものの、痛みや鬱屈した情念のような内面にあるものを、さらけだすような意味合いで内蔵が描かれたりしているところが、あまりに直接的というかグロテスクで私の好みではありませんでした。

また、デッサン画なども、かなり緻密に描かれたものも展示されていましたが、なんか惹きつけられる感じがしませんでした。
特に人物の肉体的な表現はバランスが悪い感じがしました。それも狙いなのかもしれませんが。

とはいっても、
「世界中の子と友達になれる」の他にも、「ただちに穏やかになって眠りにおち」、「この疾患を治癒させるために破壊する」などは、不思議な静寂感と多少の不気味さのある世界が描かれていて、いいと思いました。

最近の現代アートとの関係もあってか、言葉による表現と画との対応が無理やりというか強引な感じがして、タイトルも、絵の説明もなんだか意味がよくわかりませんでした。

2012年2月11日土曜日

すべてはどのように終わるのか を読みました

すべてはどのように終わるのか―あなたの死から宇宙の最後まで(クリス・インピー著、小野木明恵 訳、2011.1発行)を読みました。

タイトルからして、なんの話なんだろうという感じの本ですが、なにごとにも最後はあり、人や人類、太陽系や宇宙までも終わりをどのように迎えるかについて、現在の科学的知見をもとに書かれた本です。

最初の2章は、人の死というものについての話です。人の寿命や死因、各種要因による死亡の確率、他の動物との比較などを、科学的なデータを交えながら、現在わかっている知見に基づいて、 細胞の分裂や再生、加齢、さらには不死を目指す話題についても含めて、人の終わりに関した話が書かれています。
続く3から6章では、人類というかヒトという種の成り立ちから、生態系、生物圏の今後について、過去に起きた気候変動やテロなどの文明の発展自体に潜む危険性や、隕石衝突による生物発生と虐殺の可能性まで、さまざまな話がされています。
 7章からは、太陽系の成り立ちや終焉、さらに銀河や宇宙がどうなっていくかについて、宇宙や銀河、星や惑星などの、生成から終焉まで、ここ10年以内に大きく進展してきている知識を含め、話がされています。

全体的にイギリス人によく見られる皮肉っぽい一言が多く、特に、最初の部分は 人の死という、一見重々しい話題を扱っていることもあるのか、死因と確率の部分などの話も皮肉っぽいけどウィットに富んだともいえる語り口で、エッセイ風に書かれています。
後半は、一般向け科学書も書いている天文学者らしく、宇宙論に付いてわかりやすく書かれていて(よくわからない部分も多々ありますが、なんとなく分かったような気になります)、ひも理論や多次元宇宙の議論までざっとですが網羅しています。
とはいっても、最新の予測によると銀河をはじめとしたこの宇宙は、とてつもない時間後には冷めていき、ほとんど輝かない星が広大な空間に離れて存在するだけになってしまうような終わりになるようで、少しさみしい感じ。

あと、生物の発生は非常に偶発的なものではあるが、莫大な数の星やこれまでの経過時間などを考えると他の星に生物がいてもおかしくないというか、可能性としては存在していると考えるほうが自然といった話も、一歩間違うと宗教的議論になることも気にしつつ、科学的知見をもとに書かれています。
宇宙的な時間から考えれば、そのような存在が微生物と人間以上に進化の過程で差があってもおかしくなく、進化レベルの差を考えると、そのような存在が見られないほうが不思議という議論や、人間原理などの話は前にも聞いたことはあったものの、私たちの今の存在や認識自体がそのような進化した存在が行なっているシミュレーションの一部に過ぎない可能性などの議論は初めて知り興味深かった。

まあ、人や生物の始まりや終わり、さらに宇宙や星の始まりから終わりまで、一通りかかれていて、真空のゆらぎから宇宙が始まったあとに、生物を構成する重要な要素である炭素原子をはじめとした様々なものが星のなかで作られ、爆発とともに広がるといったことを135億年ほど繰り返すことで、惑星の上に生物ができ、その生物圏でも様々なことが起きたことについて、広く見渡せる感じの本です。
わかりにくい部分も一部にありますが、比較的読みやすく、それなりに面白い本でした。

 

2012年1月22日日曜日

第十二の予言 を読みました


第十二の予言    決意のとき (聖なる予言)(ジェームズ・レッドフィールド著、山川 紘矢・山川 亜希子 訳、2011.12発行)を読みました。

小説じたてで、スピリチュアル系の本としてはベストセラーとなり広く読まれた(と思う)聖なる予言から続く、4冊目となる本です。

これまでと同様、隠された知識(文書)が出回りはじめ、それやそれに関連した勢力との争いや話し合いをもちながら、少しずつ知識をみにつけ、意識をたかめた素晴らしい世界にいたろうとする話。
今回はセドナとシナイ山といった、スピリチュアルの聖地のようなところで繰り広げられます。
今回は、神の世界といった宗教要素が比較的強いです。
宗教によって唯一性を謳い排他的なものもあるがそれは唯一の神の世界の表現の違いで本来同一のもので、今後宗教の統一が課題というような、神の世界や死後の世界などが後半にはでてきて、もともと多神教というか、いろんな神様や仏様をなんとなく意識するような日本人には、少し違和感を感じるように思います。

基本的に、古い物質的な世界観から離れ、直感や共時性を大事にして高い意識とつながった状態、 あるいは高い意識レベルを保つことで、すべてが繋がった愛のあふれる世界にいたろうといったようなメッセージを中心としていて、
ある意味非論理的であったりしますが、もともと論理や還元的、物質的な現在の世界観が行き詰まりを迎えている現状に対するテーゼというところなので、仕方のないところ。
スピリチュアル系やポジティブシンキングなどのように、否定そのものが否定されるような、まあ正しいというか、それはそうだけど、なかなかそうはいかないといったことを、この小説では、主人公が高い意識レベルに達しながらも、なにかをきっかけにそこから離れて不安感や憤りをかんじてしまう、といった形で表現されています。

まあ、他人も含めて全てがつながっているように感じ、他人や全てのことが自分と同様に大事に思え、平和で愛にあふれた世界になれば言うことはないわけで、ひねくれずに素直に読めばいい本かも。

 



2012年1月9日月曜日

2012年資本主義経済大精算の年になるを読みました

2012年 資本主義経済 大清算の年になる(高橋乗宣・浜 矩子 著、2011.11発行)を読みました。(読んだのは電子書籍版です。)


エコノミストとして有名な二人の著作、Sony Reader Storeで電子版が期間限定で割引になっていたので、購入してみました。

先進国の債務超過による財政悪化や、グローバル化による市民社会の広がり、資源などのインフレと相反するデフレ経済の同時進行、などといった、世界経済の現状というか資本主義の行き詰まり、日本の現状など、経済全般の状況について書かれた本。
特徴的だと思ったのは、今後のドル安で1ドル50円となるという見方(テレビなどのコメントで聞いたこともありますし、他の本でも書かれていることではありますが)と、円の影響力について隠れ基軸通貨という表現で書かれている点。

1ドルが50円になるという、キャッチーなコメントは、まあ、瞬間的な変動も考えれば十分ありえると私も思うものの、いったもの勝ちなところもあるので、すこしずるい感じもします。
円の影響力については、ニワトリが先か卵が先か的な議論にも思えるものの、あまり、こうした見方は聞いたことがなかったので、 少し新鮮に思いました。

現状、話を見聞きする範囲でも、円安要因、ドル安要因、経済環境を変化させる要因はさまざまあって、欧州の現状や日米の今後についても、エコノミストの間にもいろいろ意見があり、どうなるかわからないように思います。
このまま円高がしばらく続いて産業が空洞化したところで、今度は財政状態の不安から円安になったり、スタグフレーションがきたりとかってことにならないことを願う、今日このごろです。

2012年1月7日土曜日

超訳ニーチェの言葉

超訳 ニーチェの言葉(白取春彦 編訳、2010.1発行)を読みました。

こちらも、名言集のような感じのもので、ニーチェの著作物から、代表的なものやタメになりそうなものを抜き出したもの。

難しいといわれるニーチェの思想に、簡単にふれることのできる本です。
気に入った部分を繰り返して読んだり、折りに触れて読み返すごとになにかを得たりできるかもしれないです。

こういった本がベストセラーになったりするのは、やはり、世の中に閉塞感が漂っているからなのでしょうか?

その一方で、この手の本で、 偉人たちの思想が分かったような気になるのは、いいのか悪いのかって感じもします。

それでも、本離れが言われるこの頃、読みやすい入門書のようなものは、多くの人にいろいろなことを考えるきっかけをつくるという点で、良いことだと思います。







世界の実力者たちに秘かに伝わるユダヤの言葉

世界の実力者たちに秘かに伝わるユダヤの言葉 (ソフトバンク文庫)(スティーブ・モリヤマ 著、2011.10発行)を読みました。

この本、2004年に発行された「ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法のコトバ」を文庫化したものだそうです。

ここ数年、倫理学というか哲学というか、自己啓発といえばそのとおりですが、哲学者などの奧の深い書物からエッセンスとなる言葉を抜き出したような本が売れているように思います。
どうも、そういった本は、なんとなく考えた気になるけど、いろいろと考察することが逆に減ってしまうように思って、わざわざ購入してまで読もうとは思わなかったのですが、簡単に読めることもあって、いくつか購入してしまいました。
この本はそんな本の一つ

いろいろな方の名言集で、一つ一つの名言を噛み締めると、どれも味のある名言集といえるかもしれません。
最も、少ない語数に奥深い意味を込めるわけで、感じ方はひとそれぞれ・・・

とりあえず、ざっと読んで終わってしまいました。

2012年1月5日木曜日

なぜモチベーションがあがらないのか を読みました。

なぜモチベーションが上がらないのか [ソフトバンク新書](児玉光雄 著、2006.3発行)を読みました。

著者の専門は臨床スポーツ心理学などだそうで、イチローなどプロスポーツ選手の言葉を折にふれて例として上げながら、モチベーションを高め維持する方法や、自分だけでなくマネージャとして周りの人のモチベーションを上げていく方向について書かれています。

まあ、ほとんどの自己啓発本がそうであるように、そのように心構えが持てればできるのはわかっているというような内容ではあるものの、モチベーションレベルチェックから始まり、才能、モチベーション、ビジョン、人間関係、環境といった区分けで、具体的に自己チェクのワークを取り入れていて、真面目に取り組みながら読めば、自分の目標やモチベーションを新たに見直すいい機会となるかもしれません。(つい、面倒でそこまでしませんでした・・・)

最も、はじめのほうのモチベーションのレベル判定からして、かなり強引な分類に感じるし、基本的に目標をもって突き進み、時に休みを取りながら、やる気を維持しつつ、充実して仕事をこなそうという価値観のもとにあるので、そもそも、なにかやる気が起きればいいんだけどと思いつつ、やりたいことがないというような状況に対しては解決されません。(やりたいことと仕事の捉え方などからも、身近に目標を見つけてまずは始めろ、ということのようですが・・・)
要するに、良いビジョンをもって、小刻みな目標設定を設けて達成感を得ながら、プロセス指向で、性格や個性を維持しつつ、時間に追われないようにしようという話で、現状を整理し仕事などを達成する心構えを持ちましょうといった本です。

成果をあげたいと思っているがなかなかうまくいかない人に対し、モチベーションに影響を与えるものを分類し、整理する上でのヒントとはなるかもしれません。

2012年1月3日火曜日

もしドラ を読みました。

岩崎夏海著、もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら、を読みました。

表紙、タイトル、中身、それぞれの特徴から、数年前に話題になっていたものの、ドラッカーの本も読んだことはあるので、わざわざ読むほどのことはないと思っていたのですが、SonyReaderStoreから電子書籍版が出ていて、今更ながら読んでみることにしました。

ドラッカーのマネジメントのエッセンスとも言える部分をぬきだしつつ、高校野球のお話としてまとめられていて、読みやすいです。
経営学の本や、ドラッカーの本は難しそうでとっつきにくいといった人には、ドラッカーの哲学?の入門書として向いていると思いました。

ただ、小説としては、話が単純な上、ストーリーも出来すぎていて、表現も単純で奥行の深さはないです。
経営学の本としてみると、マネジメントから、有名な文章を抜き出して、ツギハギしただけといった感じで、この本の中身自体から得られるものはあまりありませんでした。

とはいえ、ライトノベルと言えるような本なので、読みやすく、この本をきっかけに経営学に興味を持つ人がでてきたり、企業経営に限らず、マネジメントするという観点から、いろいろ考えるきっかけとなることもあるかとは思うので、広く売れるように話題性のある表紙やタイトルなどをとったのも、良いことなのかもしれないと思いました。

2012年となりました。

半年以上更新していませんでしたが、
年も明けて2012年となり、今年も、気が向いたら、読んだ本の感想などを書こうかと思います。

読んですぐにかかないと、つい更新しないで終わってしまうので、以前読んだ本なども含めて、気がむいたときに、読書等の記録ということで、記入していこうと思います。

2011年5月29日日曜日

Norweigian Woodを読みました。

ここ半年ほど、ほとんど更新していなかったのですが、久しぶりに洋書を読み終えたので、その記録ということで・・・


いうまでもなく、村上春樹のノルウェイの森の英訳版です。(なんか表紙が今ひとつ・・・)英語多読ブックガイドによると、読みやすさレベルは5.0-6.0、総語数121196語です。

わざわざ、英語にしたものを読まなくても、という気もしましたが、オリジナルを読んだことがあるのと、書店で最初の数ページ読んでみたところ読みやすそうに感じたこと、それと、読みやすさレベルが以前読んだ児童書Holesよりも低いことから、読みやすいのではないかと思って、読んでみることにしました。

なんやかやで読み終えるのに数ヶ月以上もかかりましたが(途中、何回か挫折しそうに・・・)、英語に訳したものだからか、一般向けの洋書としては単語もそれほど難しくなく、文体も比較的読みやすいと思いました。
しかし、Holesよりも難しく感じました。
Holesは洋書といっても子供向けなので文章自体が簡易で短いのに対し、こちらは、やはり一般向けの文芸書なので、表現が細かく掴みきれない部分が多かったのではないかと思いました。

ブログの記入とともに英語の読んだ語数をカウントしていたので、このところ語数カウントをしていませんでしたが、以前の記録に単純に加えると、この本で一挙に12万語ほど増えて、80万語を越えました。とりあえず目標の100万語まであと少し。
といっても、最初の三ヶ月で70万語、それ以来6ヶ月過ぎたというのにまだ80万語・・・
年間100万語ならいけそうな感じ。(当初は密かに年間365万語とか思っていたので、全然到達してません)

まあ、今後も引き続き、多読とまでいかないものの、読んだものを記録していこうと思います。

2011年4月7日木曜日

アマゾンの義援金キャンペーン

東日本大震災から3週間以上たちましたが、まだまだ大変な方も多いと思います。

いろいろな義援金や募金のキャンペーンがありますので、わざわざ紹介するまでもないですが、



私のまわりは、計画停電の影響はあったものの、だいぶ落ち着きました。

このブログは去年の秋から更新していませんでしたが、また、適宜更新しようと思います。

2010年11月11日木曜日

ここ2週間の英語多読

だんだん、進みが遅くなっているものの、続けることが英語上達の道ということで、読まない日も出てきているものの、ここ2週間ほどの間に以下の本を読みました。

洋版ラダーシリーズのレベル4から、

読みやすさレベル5.5-6.5、総語数15980語です。

最近の作家の作品が出ていることは知りませんでした。
原作のイン・ザ・プールが面白かったこともあって、レベルがやや高めですが読んでみました。

原作は1冊に数編が書かれていましたが、こちらは、表題の1編のみです。
医学用語がでてくることもあって、よくわからない部分も多々ありましたが、多読ということで、読み流しましたが、十分楽しめました。
洋版ラダーシリーズは後ろに出てくる単語の意味が載っているので、なんども出てきたりして気になる単語は簡単に調べることができ、便利でした。
さらに、比較のため原作も読み直してみたところ、間違ってよんでいたようなところやこういう表現を訳していたのかなどと思う部分があり、参考になったように思います。

他にも、最近の作家の作品がないか探したのですが、レベル5のシリーズにバカの壁など比較的あたらしい作品や、カルロス・ゴーンや松井秀喜の話があるものの、あまり多くなく残念です。今後、出版されることを期待します。


また、Penguin Readersのレベル2から、


読みやすさレベルはどちらも2.4-2.6、総語数はそれぞれ、7901、8119語です。

どちらも映画を見ているので、思い出しながら読みました。
Apollo 13 CD Pack (Book & CD) (Penguin Readers Simplified Text)のほうは、CD付きのものを購入しました。リスニングのみでは十分に意味を取れなかったので、聞きながらテキストを読みました。
音声だけでは聞き取れないというより理解が付いていかなくて、テキストを見ながらならどうにか理解できるということは、まだまだ、英語日本語変換をしたり多少戻ったりしながら英文を読んでいるということなのだと思い、なかなか英語が上達しないと思う今日この頃です。